[]第8回1ビット研究会 発表全内容「韓国の伝統音楽の1ビットDSD録音とアーカイブの経験からその重要性について」
先日早稲田大学内 井深大記念ホールにて行われた第8回1ビット研究会で、サイデラ・マスタリングのライブレコーディング・エンジニアのオが発表を行いました。韓国で韓国伝統音楽の録音、SACD制作、アーカイブに携わったエンジニアが感じた1ビットDSD録音の重要性について、発表原稿全文掲載します。実際に録音した音を聴かせられないのが残念ですが、制作したSACDはAmazon.comなどで購入することができます。http://www.sa-cd.net/titles/0/549/date/5/1
テーマ:韓国の伝統音楽の1ビットDSD録音とアーカイブの経験からその重要性について
概要:記録しないものは消えていく。伝統の記録と保存のための1ビット録音。それは遺産であり未来への文化になる
日 時:2013年12月20日(金) 13:00-18:10
場 所:早稲田大学 国際会議場 井深大記念ホール
主 催:早稲田大学 IT 研究機構 1ビットオーディオ研究会
ライブレコーディング・エンジニアのオ・スジョンです。大学では韓国伝統音楽を専攻しました。伝統音楽については専門的に演奏も学びました。この音楽をしっかり録音してリスナーに正しく伝えたいと思い、演奏家ではなく録音エンジニアの道を歩くことにしました。韓国のレコード会社「AkdangEban」では、18タイトルの伝統音楽のSACDを作りました。
今日はコンテンツの問題から始め、韓国の伝統音楽を紹介し、私自身が現場で得た経験と、切実に感じている1ビットDSD録音の重要性を発表します。この何年かの間に高画質・高音質を楽しむ人々はとても増えました。いよいよ本格的にハイレゾ時代のスタートです。1ビットDSDは再び注目されています。4K、8Kの映像と共に、その価値を認められています。1ビットDSDは、10年ほど前に普及してきた技術です。SACDから始まり、今ではDSD256と呼ばれる11.2MHzの録音の技術まで至っています。コンシュマーマーケットでも、DSD128と呼ばれる5.6MHzのハイレゾのプレイヤーで開発されています。(このハイレゾのプレイヤーは韓国から開発され、来年発売予定の商品です)
<コンテンツの問題・何を録音するのか>
現在の録音技術は非常に優れています。既に高いサンプリング周波数とビットレートを使って、実際の演奏の音とほぼ同じほど、原音に近い録音と再生ができます。少し話が飛びますが、最近のハリウッド映画は大変な製作費と有名な俳優、派手な映像で作られています。しかしその映画の評論は「映像の美しさと技術は素晴らしいですが、ストーリーがつまらない」と、ときどき言われます。外に見える技術的な部分、つまり映像には努力を重ねるのですが、その中のコンテンツ、本質がたりないのです。
現在、多くのメーカーがハイレゾの新製品を発表しています。しかし、1ビットDSD音源を楽しめる配信サイトは限られています。タイトルもジャンルもまだ少ないです。ここでレコーディング・エンジニアとしては、どんなフォーマットで何を録音しなければならないか?すなわち「どんなコンテンツをどんなフォーマットでアーカイブするべきか」について責任を持ち、提案していく必要があります。それで私は、伝統音楽の1ビットDSD録音とアーカイブを提案します。
<伝統、そして伝統音楽>
変わりゆく時代にも「変わらないもの」があります。それは「伝統」です。先祖たちから引き継がれてきた歴史的、文化的な遺産です。若いころに出会った経験から国を代表する文化まで、忘れてはならないもので、引き継いでいかないといけないのです。その中に「伝統音楽」があります。韓国の伝統音楽を紹介させていただきます。王様の宮廷で演奏された與民樂여민락、壽齊天수제천、霊山(ヨンサン)回想영산회상、そして宗廟祭礼楽종묘제례악の音楽、民に愛された民謡、散調、パンソリ、歌曲、サムルノリ、グッなど、いろんな音楽があります。その中に民謡のアリランと歌曲、パンソリ、宗廟祭礼楽、グッの音楽は世界遺産にも指定されています。
この1ビットDSDで録音したSACDは、韓国の伝統音楽「歌曲」です。歌曲は歌と楽器たちの演奏曲です。録音した伝統家屋も世界遺産に指定されています。夜のコオロギの鳴き声も一緒に録音しています。
Gagok (female), Pungnyu III - Jeong Ga Ak Hoehttp://www.sa-cd.net/showtitle/7264 |
次は代表的な韓国の伝統楽器をご紹介します。弦楽器には12弦のカヤグム、6弦のコムンゴ、8弦のアゼンがあります。右の手で音を出して、左の手で音を変形します。楽器の材料は桐木と、絹糸です。次は管楽器です。管楽器は左の上からヘグム、テグム、タンソ、ピリ、デピョンソがあります。横、または縦で吹いて音を出します。このヘグムは弦がある楽器ですが、演奏する曲によって管楽器になります。楽器の材料は竹です。打楽器はチャング、ケンガリ、プック、ジンがあります。この楽器たちはサムルノリの音楽によく使います。楽器の材料は皮と鉄です。これ以外にも祈り、祭礼などに使う色んな楽器があります。
<伝統音楽と1ビットDSD録音>
2009年、「AkdangEban」という韓国の伝統音楽レコード会社に入社し、レコーディングエンジニアとしてのキャリアをスタートしました。ここではすべての録音を1ビットDSDで行っています。当時、会社で1ビットDSD録音の伝統音楽を初めて聞きました。田舎の静かな伝統家屋で名人が演奏する独奏曲、カヤグム散調でしたが、私は音を聞いて本当に驚きしました。まるで目の前に実際の演奏を聞くような音の躍動感、指で弦を撥ねる質感、現場を再現する空間感、何よりもいままで知っているデジタルとは異なる、いわゆるデジタル録音とは信じられないほどの自然感、圧縮やノイズは全く感じられません。デジタルでここまで素直に録音できることに感動しました。
韓国の伝統楽器は楽器全体に広がるハーモニックスを持っています。特に絃楽器のサウンドホールは、弦がある正面ではなく、下を向いています。よって、音は豊かですが音量が小さいのです。それをPCMで録音すると、繊細なハーモニックスはなくなってしまいます。相対的に低音成分が多い音になってしまいます。あるいは逆に高域が上がって固い音になることもあります。このような伝統音楽の録音に持っていた悩みは、1ビットDSD録音の音源を聞いて、すっきり解消されました。「伝統音楽の録音は1ビットDSD」と確信しました。
ここで私がDSDで初めて聴いた韓国の伝統音楽、「カヤグム散調」を聴いてください。1ビットDSDで録音したSACDタイトルの音源です。録音は500年の歴史を持っている伝統家屋で行いました。こちらも虫の鳴き声が一緒に聞こえます。
以降、韓国の全国にある伝統家屋を回りながら、伝統音楽の1ビットDSD録音を続けました。昔から伝統音楽が演奏された場所は、宮廷、お寺、家などの伝統家屋です。楽器もその場所、空間を前提に作られています。スタジオではなく、伝統家屋で演奏される伝統音楽の音こそが、完璧な調和を生み出します。家屋と楽器の息づかいは、身体と心にも伝わります。そして1ビットDSD録音だけが、この本来の素直な音、空間に広がる響きの両方をキャプチャーし、再現することができます。
1ビットDSD録音は、アーティストが演奏する微妙なニュアンス、音楽のハーモニーはもちろん、人間の聽力の限界を超えた空間まで表現できます。電気的な変形のない、アコースティック楽器の録音には1ビットDSDが一番です。また、2.8MHz、5.6MHz、11.2MHzのハイ・サンプリングの録音と共に、アーカイブができることも大きな長所です。
2009年の冬、韓国最初の伝統音楽のSACDを作りました。5種類のタイトルですが、その中には私が初めて聞いた1ビット音楽も含まれています。プレスは日本SONYDADCで行いました。1ビットDSDで伝統音楽を録音し、アーカイブをしてSACDまで作る作業を4年間しました。最初の頃は色々難しい部分もありましたが「記録」して残せたことは嬉しかったです。2010年からは韓国の国立機関、国立伝統音楽院のアナログの資料を、デジタル・オーディオ・データとして、1ビットDSDにアーカイブする仕事を3年間しました。このアーカイブは国立伝統音楽院のデジタル・コンテンツ・プロジェクトの一つです。オープンリールテープ、カセットなど、2500点のアナログの資料を高音質の1ビットDSDに変換、アーカイブする仕事でした。これは1ビットDSDによるアーカイブの大切さを、韓国の国立機関が認めたということです。そして2011年には、国立伝統音楽院の名人たちが演奏した宮廷の音楽、「靈山會相영산회상」を1ビットDSDで録音し、SACDも作りました。韓国の国立機関が制作した最初のSACDです。昔、韓国にSPが流行っていた頃、伝統音楽は一番人気がある音楽でした。しかし、今はそうではないのです。ご想像できる通り伝統音楽とは、K-POPのようには売れないのです。絶版しても再発売はできません。問題は売れないという理由で、商業性がないということで、タイトルの製作数が減ってしまい、今ではほんの少ししか作られません。国立伝統音楽院のタイトルは、ほとんどが非売品で作られています。残念ですが、このSACDタイトルも非売品です。一般の人が聴けないと、それは存在していないことと同じです。
録音をすること、何かを記録して残すことは、そのタイトルが商業的に売れるかどうかに関わらず、一般の人が誰でも聴けるようにすることを、当たり前にするべきです。韓国の伝統音楽を韓国で制作できなくなってしまったら、どの国が作ってくれるのでしょう?いつも、気がかりなテーマです。音楽は、文章や写真では記録できません。録音だけが音楽を記録することができて、1ビットDSDこそが、音楽の本質とその空間を含めて、変形させずに、そのまま保存することができます。そして、これは未来へつなぐコンテンツになります。
<伝統の記録・保存のための1ビットDSD録音>
記録しないものは、すべて消えてしまいます。それは音楽も同じです。伝統音楽を録音すること、記録・保存のために1ビットDSDのアーカイブをすることは、今後も続け、進めていかなければならないです。地域性と文化、その多様性、その国が持っている音と音楽は、それぞれの特徴を持っています。それが伝統になるのです。これは月見の日に見た琴と三味線の演奏会の写真です。日本にも雅楽、歌舞伎、能楽、祭りの音楽と歌などの伝統音楽や、三味線、琴、尺八、笛、太鼓の伝統楽器など、様々な文化が存在します。静かで、はでな能楽、道に響く祭りの騒がしさ、観客と共有しながら笑う落語など。このような種類の音楽を1ビットDSDで録音し、アーカイブすることは、国として、とても重要なことではないでしょうか。特に日本には素晴らしい電気メーカーが多くあります。国とメーカーがお互いに協力して理想的なアーカイブシステムを構築することが、できるのではないでしょうか!
今年、2020年の東京オリンピック開催が決定されました。例えば、これを目標して日本の方たちはもちろん、世界の人たちに聞かせるために、1ビットDSD録音をする、伝統音楽のアーカイブに力を尽くすべきだと思いませんか?未来はコンテンツの競争です。技術が頂点に至ると、その次は、その技術で何を楽しめるのか、つまりコンテンツ内容が注目されます。そして、コンテンツは「人」に向かっているべきです。その国の人、その国の文化、そして伝統が考えられます。伝統は過去に限っていないのです。現在を記録して保存すると、これは未来への「伝統を作る過程」なのです。自らの文化を自分で生産できる国が真に強い国になることができます。
最後に、技術とは感性と共に成長するものです。良い音楽を、より良い音質で聞きたいという思い。時代がいくら変わっても初心の純粋な心を忘れてはいけないでしょう。
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